植物学者・槙野万太郎(神木隆之介)と、その妻・寿恵子(浜辺美波)の波乱万丈の生涯を描く、連続テレビ小説「らんまん」。今回、植物監修を担当している田中伸幸に、植物監修の難しさや、牧野富太郎が遺した功績について話を聞いた。
――植物監修とは具体的にどのようなことを行っているのですか?
今回は、脚本の監修から関わっています。ストーリーに出てくる植物が、当時生育していたものなのか、季節にあっているかどうかなどを主に監修しています。さらに、東京大学植物学研究室のセットの中には何が置かれているべきかなども提案しています。
また、劇中に登場する植物はほとんどがレプリカですが、レプリカを作るためにはまず本物を用意しないといけません。ですから、この時期にはこの植物が採集できるから、ここからレプリカを作れば間にあう…といったことを緻密に計画し、そのうえでレプリカ用に植物を採集しています。そして撮影現場にも帯同し、不自然なところがないかを確認するまでが、基本の流れになります。私一人ですべてを監修することはできないので、現在6人のチームで行っています。
――田中先生のアイデアが生かされたシーンなどはありますか?
「らんまん」に出てくる植物は、基本的に脚本の長田育恵さんが決められていますが、「こういった植物を出したいけれど、何がいいでしょうか」と聞かれることもあります。
例えば、第2週の放送で、仁淀川のそばに生えている植物を「トウキ」ではないかと考える万太郎に対して、池田蘭光先生(寺脇康文)が「さしずめ、イヌトウキといったところか。トウキとは匂いが違う」と教える場面があります。

このシーンでは、「蘭光先生が葉っぱをかじったりして、植物の違いを万太郎に教えるシーンを描きたい」といった要望があったので、トウキとイヌトウキを提案しました。当時トウキは、漢方などに使われる薬用植物として広く知られていました。だから、万太郎もトウキだと思いこんでしまった。けれど、かじってみると、トウキよりも香りが弱いので別の植物だと蘭光先生は判別します。このようにストーリーの随所で植物を提案しています。
ちなみに、当時、このイヌトウキは、まだ発表されていなかったので、香りが弱いトウキに似て非なるもの、として蘭光先生が即興でイヌトウキという和名を考えたことにしたのです。
さらに言うと、「イヌトウキ」は、後に牧野富太郎が新種として発表した植物になります。ですので、彼が将来発表するであろう新種の植物を、実は蘭光先生に教えてもらっていた、というシーンにもなっています。
――周囲の「らんまん」の評判はいかがですか?
「植物分類学」というふだんはあまり注目されない分野の黎明期の話が、“朝ドラ”の題材となっていることに感動しながら、毎日視聴している人が多くいます。毎朝、植物分類学の話を日本中に届けられていることも、牧野富太郎の功績のひとつのように思います。牧野富太郎が植物学に与える影響は、本当に大きいなと改めて実感しています。
――神木隆之介さん演じる万太郎の印象はいかがですか?
神木さん演じる槙野万太郎と牧野富太郎は、根底で通じているように思います。万太郎同様、牧野富太郎も植物愛にあふれた、天真らんまんな性格だったと想像します。思ったことは何でも言うし、いい意味でも悪い意味でも鈍感さがあり、自分が思う方へ突き進む人生だったのではないでしょうか。「らんまん」というタイトルはよくできているなとつくづく思います。

植物と触れ合う神木さんの表情も本当にすてきですよね。「植物が好き」という心からの思いが、強く表れていて。万太郎が植物に話しかけるシーンがありますが、おそらく牧野富太郎もよく話しかけていたのかなと思いますね。
――牧野富太郎が後世に遺した功績は何だと思われますか?
明治時代、日本の植物研究は西洋に比べて大分遅れていました。 日本の植物は日本人が発表していくべきだと研究を進めていきますが、その中で誰よりも勝る情熱と行動力があったのが、牧野富太郎です。どの教授よりも精力的に研究を行い、驚くべきスピードで新種を発見していくんですね。
その学術的な功績はもちろんですが、彼が後半の人生に行った植物の啓蒙活動もとても大きな功績です。牧野は全国各地を渡り歩いて、各地の理科教師を指導したり、さまざまな発表を行ったりしました。そんな牧野のことを慕う人物が研究家となり、地元の植物研究を推進していく。今では、どの地方にもその土地ごとの植物図鑑がそろっていますよね。現在の地方植物研究のレベルの高さは、牧野富太郎が種をまいたことから始まっています。
――最後に、視聴者にメッセージをお願いします。
今、日本の植物のほぼすべてに名前があります。見たことのない花だと思って、図鑑で調べるとどれも掲載されているんですよね。これは、牧野富太郎をはじめとした、黎明期の植物分類学者たちの細かい研究の積み重ねのおかげです。当時の学者たちの情熱とその軌跡を「らんまん」は丁寧に描いています。そういったことも踏まえて、ドラマを見ていただくと、また違った楽しみ方ができるのではと思います。
