「はるかに遠い夢」ってどんな夢?

見た花:センパイ!「どうする家康」、第25回見ました! 
家康(松本潤)のすさまじい泣き方に、私も涙、涙……でした。ドラマ折り返し地点でガツンと来ましたね!
同 門:こうなると分かっていたけれども、今回ばかりは私も涙が……。
見た花:センパイは、涙もろいお年ごろですもんね!
同 門:(おいっ)今回の演出は、シンプルだけど強いストーリー。正面から重厚に描き切る、という感じだった。俳優陣も迫真の演技でそれに応え、見ている方にもバッチリ伝わったね。

見た花:前回のラストで、瀬名(有村架純)のはかりごとは、結局信長(岡田准一)の知るところとなりました。
同 門:家康も、言う言葉なく、信長に膝を屈することとなったね。
見た花:しかも「これはオマエ(徳川)の家中で起きたことだ。オレは何も指図せん。オマエが自分で決めろ」と、突き放されちゃう。コワイですね~。
同 門:妻と息子を処刑せざるを得ないんだから、これは過酷。

見た花:家康は、表向きは信康(細田佳央太)は切腹、瀬名は処刑ということにして、二人を逃がすことにしますが……。
同 門:ところが二人は言うことを聞かない。それぞれ自ら命を絶ってしまうという。前回にも話したように、ドラマの「瀬名の構想」にはそうとう無理があったんだが、これでドラマは史実と平仄ひょうそくがあったということになる。

見た花:最後に瀬名は家康に、ウサギの彫り物を託して自らの命を絶ちました。あれはどういう意味なんでしょうか。
同 門:この連載の第1シーズン初めのほうで、家康の二面性について話したことがあるよね。彼の弱くて優しい面を「ラビットサイド」、強くて勇猛な面を「タイガーサイド」と命名した。

見た花:はい。兄の見た蔵から聞きました。でも、その後の家康は「ラビットサイド」ばっかりでしたけど(笑)
同 門:見立て違いだったかな。どーもん、スイマセーン!(笑)。

見た花:でも瀬名は、家康の「ラビットサイド」の方が大切だと思っていた。ウサギはオオカミよりも強い……その思いを夫に託したんでしょうか?
同 門:タイトルの「はるかに遠い夢」は、彼女の夢そのもの。家康と瀬名が世界の片隅でひっそりと静かに、平和に暮らすというものだった。

見た花:そうですね。ここ数回は、その夢が日本全体をこうしたい、という思いに替わっていきましたね。
同 門:プライベートでささやかな夢が、大きな社会的な夢に替わっていった。そこに無理があったんだろう。今回の悲劇は、その夢がとてつもなく膨れ上がって、日本全体を巻き込み、そして破裂した。

見た花:いわゆる「バブルが弾けた」、みたいな感じでしょうか?
同 門:その小さな夢を日本全体に広げるには、知性や行動力、交渉力、加えてかなりの時間が必要なのだが。そんな現実を、瀬名はわかっていなかったのか……。

見た花:今後、家康は瀬名の夢を携え、知性や行動力を身につけ成長していくということ?
同 門:そう。やがて、江戸時代という260年にわたる平和な世を作り上げていくという「壮大な仕掛け」に見える。瀬名の死から四半世紀後のことだから、まだ遠く厳しい道のりだけどね。


「瀬名問題」の着地点はどこに……?

同 門:「瀬名問題」の決着を見てから後半に入ることになったね。
見た花:センパイは前から「瀬名問題」にご執心ですよね。それって、そもそも何ですか。以前、「家康と瀬名の別居問題」について話しましたよね?

同 門:今回はその先の話。もっと深刻な「瀬名問題パート2」だよ。
史実では、天正7(1579)年夏、瀬名と信康は、家康によって処刑されている。これをドラマがどう「処理」するかが、ドラマ前半の最大の見どころだった。
見た花:あんなにラブラブだった妻を殺すことになるわけですよね?

同 門:ずーっと「優等生」として描かれてきたこのドラマの瀬名を、家康はどういう理由で殺すことになるのか!?
見た花:信康とはドラマの中でも不仲ですが、それにしても跡継ぎを処刑するというのは、穏やかじゃないですよね。

同 門:でも、ドラマ的には、史実にあわせ二人を処刑しないわけにはいかない。二人がどのようにその悲劇に巻き込まれるのか。どういう設定でそこに持っていくか、そこが見どころだった。いや、見せ場だった。
見た花:結局は、瀬名と武田が内通しているという情報をつかんだ信長の意向でしょう?

同 門:最終的にはそう。困ったら信長を出せば、どんな無理でも通っちゃう(笑)。ただ、私がいちばんモヤモヤしていたのが、このドラマでの瀬名の人物像なんだ。いわゆる「通説」と「どうする家康」の瀬名像があまりにも違うから。
見た花:そこが、問題ってこと??


「瀬名=天下の悪女」説を広めたのは誰だ?

見た花:いろいろ調べると、瀬名=築山殿は「天下の悪女」と出てきます。
同 門:瀬名=築山殿については、同時代の資料にはたった一度、「信康の母」としてしか登場していない。「天下の悪女」説は江戸時代以降につくられ、流布されたものらしい。実は、なんの史実的な証拠はないんだよ。

見た花:「岡崎クーデター」に関与していたという話も?
同 門:それも風聞に過ぎないようだよ。
「天下の悪女」説が広く流布するようになったのは、戦後書かれた二人の大作家の小説がきっかけだと思う。一つは山岡荘八(1907~78年)の『徳川家康』(1967年)、そして司馬遼太郎(1923~1996年)の『覇王の家』(1973年)だ。どちらもベストセラーになった。

見た花:山岡サンは知らないけど、司馬サンは写真を見たことあります。白髪で長髪のカッコいいおじいさんですよね?
同 門:国民的作家のお二人にたいして、「サン」づけとは! まして学識超豊かな「日本の知性」たる司馬先生を「カッコいいおじいさん」とは(涙)。
見た花:どーもん、スイマセーン! そのお二人が瀬名を「天下の悪女」として描いているんですね?
同 門:二人とも小説では瀬名が武田側の人間(滅敬)と男女の関係となり、信康とともに武田に寝返ろうとしたと書いている。

見た花:家康との別居状態の寂しさに耐えかねたんでしょうか?
同 門:山岡先生も司馬先生も基本的にはそういう理由を採っている。しかも二人とも瀬名を淫乱な女性として、けっこうエグイ描きかたをしている。

見た花:インラン……!? 今回の瀬名像とは正反対!
同 門:どちらも小説と銘打っているわけだから、多少潤色したり、誇張するのもアリかな、とは思うけど。
特に司馬先生の書き方はザンコク(笑)。執筆当時の研究では、瀬名の年齢は「家康より10歳年上」説が主流だったようで、司馬先生もこの説を採用している。

見た花:最近の研究では、「同い年か2~3歳年上」とされているみたいですが。
同 門:家康は14歳で結婚したから、司馬説では瀬名は24歳。「人間50年」の時代だから、現代でいえば40台前半に近い感覚になる。

見た花:もしそうなら、家康は別の若い女性に惹かれるのも無理はない?
同 門:司馬先生も、瀬名の年齢(というか老い)と、彼女が異常にプライドが高く嫉妬深いせいで、家康は彼女を疎んじるようになった、としている。
見た花:はああ……。
同 門:武田内通は彼女の妄想から発したもので、「多淫」な性情による「ヒステリー」が原因、としているんだ。

見た花:ホント、今回の瀬名とずいぶん違いますね。
同 門:「日本の知性」たる司馬先生がそういうなら、「そうなんだ……」って思っちゃうよね。

見た花:いずれしても、瀬名については、歴史的証拠がないわけだから、お二人の大先生の作品も「創作」ということですよね?
同 門:そう! 史料のない人物造形なのだから、今回の大河の瀬名の描き方が、「間違い」とは誰も言えないんだ。

見た花:もしかしたら、大河のほうが真実に近いかもしれないって?
同 門:権威があるとか、売れているからという理由で、「偉い人」の言うことを盲信しちゃいけない、という教訓でもあるね。

見た花:ついつい盲信しがち……、ですけどね。
同 門:でも、司馬先生の『覇王の家』には、ハッとさせられる部分が多い。たとえば、キミは徳川の優秀な家臣たちが、この頼りない家康になぜ忠義を尽くし続けるのか、不思議と思わないかい?
見た花:そうですね。さっさと別の君主につけばいいのにと思うことも……。
同 門:司馬先生は、実際に岡崎を訪ねて、その風土を肌で感じて、主君に忠義を尽くす三河武士の気質がなぜ生まれたかを推理する。その筆の運びは見事で、すごく説得力があるんだ。私は思わず膝を打ってしまったよ。
見た花:そうですか。ちょっと本を読んでみたくなりました!



同 門:さてさて、前半のクライマックスを終えて、今どんな感想を持っている?
見た花:そうですね。とにかく家康をヒーローでなく、わたしたちと大して変わらない普通の人として描こうとしているんだな、と思いました。私としては松本潤クンに、もう少しビシッとした家康を演じてほしいんだけど……(笑)。

同 門:ナレーションでは「われらが神の君」と言ってるけどね(笑)。
見た花:でも、普通の人として描かれるからこそ、瀬名をはじめとした女性たちや、家臣団、ときには信長や武田信玄(阿部寛)、武田勝頼(眞栄田郷敦)、今川義元(野村萬斎)といった「敵方」の人々までも、彼らや彼女たちのキャラがクッキリして魅力的に見えるようになったとも思います。

同 門:同感だ。脇役が主役を盛り立てている。家康が天下統一の偉業を成し遂げられたのは、優秀な家臣団のおかげ、という説もある。ドラマはそれを地で行ってる感があるね。
見た花:この間、先の配役が発表になりましたね! 真田昌幸に佐藤浩市だって! 浩市さん大好き! 去年の「鎌倉殿の13人」の上総広常役も、超よかったですよね……。

同 門:岡部大と、佐藤浩市? タイプが全然違う。一体、どんな好みなんだ?
見た花:「カワイイ」と「カッコいい」はわたしの心の中では共存できるんです! 
同 門:(本気か!?)ところで、次回は「ぶらり富士遊覧」と、心機一転。
見た花:家康もイメチェン?して、月代になってましたね。
同 門:どんな後半の出だしとなるのか気になるところだが、第2シーズンは物語の節目となっているここまでとしよう。
見た花:ええっ? 私の出番少なくないですか?(笑) 第3シーズンはあるんですよね?
同 門:もちろんだよ。また、物語が動き始めたところで再開としよう。そのころには、見た蔵クンも帰ってきてるのかな?
見た花:自由人の兄のことはよくわかりませんが、、、私がいれば大丈夫でしょ? 次のシーズンも期待してますよ~!
同 門:(苦笑)ではまた、近いうちにお会いしましょう!

(第3シーズンの大胆レビューに乞うご期待)

過去の記事>>
【第1シーズン】
第1回:「どうする家康」が「鎌倉殿の13人」から引き継いだものってなんだ!?
第2回:「どうする家康」が“居心地の悪い”ドラマに感じるのはなんで⁉
第3回:家康を諭した於大の方のメッセージが深い!その真意ってなんだ?
第4回:お市の方より今川氏真がおもしろい⁉ってなんだ?
第5回:脚本家・古沢良太が描く織田信長VS.織田信長ってなんだ!?
第6回:立役者は半蔵(山田孝之)ではなく氏真(溝端淳平)ってなんだ!?
第7回:家康より“家”をつくるのがうまかった空誓上人ってなんだ?
第8回:三河一向一揆と本多正信の行動は“複雑系”ってなんだ!?
9回:正信が家康を「大タワケ!」と言い切る理由ってなんだ?
10回:家康の側室問題は続く!?大河で描かれるセクシュアリティーってなんだ?
第11回:家康の「格付け」仲介手数料****万? 風林火山な信玄ってなんだ⁉
第12回:氏真の「悲哀」と義元の「理想」ってなんだ?
13回:浅井長政(大貫勇輔)の信長(岡田准一)に対する本音ってなんだ?
14回:ついに家康(松本潤)覚醒!「信長の野望」で変身した長政と家康ってなんだ?
【第2シーズン】
第1回:夏目広次(甲本雅裕)と家康(松本潤)による「仕掛け」ってなんだ!? 
2回:瀬名(有村架純)のモヤモヤ感と家康(松本潤)の危機ってなんだ?
第3回:瀬名(有村架純)と千代(古川琴音)の背後にひそむ勝頼(眞栄田郷敦)ってなんだ?
第4回:衣裳も家康(松本潤)への脅しも演出!? 信長(岡田准一)の真の狙いってなんだ?
第5回:「長篠の合戦」を見届けた信長(岡田准一)と家康(松本潤)の心中ってなんだ?
第6回:家康(松本潤)が招いた「瀬名(有村架純)の覚醒」ってなんだ?
第7回:家康(松本潤)も勝頼(眞栄田郷敦)もびっくり!?「瀬名(有村架純)の構想」の盲点ってなんだ?