#8 東国武士の選択の画像
義時(小栗旬)と同年代の武蔵の若武者・重忠。平家方として頼朝追討軍に加わっていた重忠だったが......。

よりともの命令のもとで、都を牛耳る源義仲を討ち、西国で再起を図る平家を追いつめる東国の武士たちの戦いは、『平家物語』などによって知られています。今回は、その中から、中川大志さん演じる畠山重忠を中心に。

義仲追討のために宇治川を渡るときに、梶原景時(中村獅堂さんですね)の長男のかげすえと佐々木たかつなが丁々発止、先陣を争います。畠山が続きます。が、敵方から馬を射られて川中に降り立ち、徒歩で対岸に向かいます。

すると、後続のおおぐししげちかがしがみつきます。畠山は岸に投げあげてやります。力持ちですね。大串はすぐに立ち上がり、「立ちの先陣ぞ」と間の抜けた名乗りをあげて、皆に笑われます。張りつめた空気がひとときなごみます。

平家が壊滅的被害を被った一ノ谷合戦では、ひよどりごえの逆落としで、畠山が馬の前足を取って背負って下りたという逸話が、『源平じょうすい』(『平家物語』の一種)に載っています。にわかには信じがたい怪力の畠山です。ちなみに埼玉県には、3か所に重忠像が建っているそうですよ。

東国軍の一員としてのこうした華々しい活躍に親しんだ目で石橋山の合戦を振り返ると、しばし戸惑います。というのは、梶原も畠山も、平家方として頼朝追討軍で戦っているからです。もっとも、梶原はわざと頼朝を見逃しました。絶体絶命の頼朝を救ったおかげで、後に頼朝の厚い信頼を得ることになります。

頼朝は船で脱出し、その後、瞬く間に優勢に転じます。初めから頼朝に加勢するつもりだった武士たちが合流しただけではありません。平家方だった武士たちも頼朝側についたのです。畠山は、大軍となった頼朝が武蔵を通るときに、帰順します。

敵方の武将は処刑してもいいのでしょうが、頼朝は、軍勢は欲しいし、畠山率いる秩父氏を取り込む利点が大きかったのです。武蔵国のほかの武士団も雪崩なだれを打って、次々と頼朝の傘下に入ります。寝返りはそれほどやましいことでもありません。

現代でも、ヘッドハンティングされたり、自分を売り込んだりして、ライバル企業に移る人はたくさんいますよね。

20年余り支配した平家への義理を重んじるか、それ以前に仕えた源氏への恩義を持ち出すか、大義名分は何とでもなります。生き抜くために、一族ろうどうを養うために、より有利な道を選び、ドライにくら替えするのです。

ただし、新参者は大変です。新しい組織に入ったら、自分の存在価値を認めさせるために、古参の武士たちよりももっと頑張って忠節をアピールしないといけません。その闘志が平家追討の合戦に反映されていきました。

しかし、初めから頼朝についていた武士たちは、ほんの少し前に父や兄弟や子どもを殺した者たちと、同士として共に戦うことになったのです。「きのうの敵はきょうの友」と言いますが、恨みや憎しみと折り合いをつけることはできるのでしょうか。

非情な世を生きる武士の複雑な心情に思いをめぐらすばかりです。同時に、鎌倉幕府の深い闇の一端をうかがい見るような気もします。

(NHKウイークリーステラ 2022年3月4日号より)

静岡県生まれ。お茶の水女子大学大学院博士課程人間文化研究科比較文化学専攻満期退学。博士(人文科学)。現在、駒澤大学文学部教授。『平家物語』などの軍記物語を中心とした中世日本文学の研究を専門としている。著書に『『平家物語』本文考』、『平家物語の形成と受容』、『90分でわかる平家物語』、『平家物語大事典』(共編)、他にCD集「聞いて味わう『平家
物語』の世界」などがある。NHKでは、ラジオ〈古典講読〉「平家物語、その魅力的な人物に迫る」に出演。