大河ドラマ「どうする家康」で個性豊かな登場人物たちの
ビジュアルデザインを担うのが、人物デザイン監修の柘植伊佐夫だ。
一人ひとりの人物のキャラクターの特徴を表現するうえで欠かせない
衣装や持ち道具などはもちろん、背景などのデザインにも携わっている。
これまでも数々のドラマや映画で人物デザイン監修を務めてきた柘植に、
本作への思いや大河ドラマの醍醐味、デザインのこだわりを聞いた。


――大河ドラマにおける人物デザイン監修は、どのような役割を担っているのでしょうか。
登場人物のビジュアルを「どのような方向性にするか」という「コンセプトを決める」役割があります。「どうする家康」では、家康を等身大の人間として表現する“人間家康”を扮装の方針にしています。

コンセプトを決めたのちに「色の方向性」を決めます。各地方の風土や家柄、人物像などを「カラーチャート」にして色彩化していきます。それと同時に「質の方向性」を決めていきます。「素材はどのようなものか」「染め方はどうするか」などを具体化します。そのような中で“家康ブルー”を生み出しました。

脚本の進行とともに「人物デザイン画」を描きます。メインキャラクターや特色ある人物を中心に、役柄の背景を加味したデザインを具体的に描いていきます。これらを制作・演出・美術・VFX、そして扮装部に周知して具体的なデザイン制作の指針にします。

新たに作る衣装以外にこれまでの財産である既存の衣装もコーディネートしていきます。染め直したり仕立て直したりしてリメイクし、新たな衣装に生まれ変わらせます。それらの指示も重要な役割です。新しいものと古いものに表現上の差が生じないように融合させます。

準備期間を終えて撮影が始まりましたら「現場で起きるナマな変化をチェックする」のも大切な役割です。大河ドラマは優秀なベテラン揃いのチームですので、新しい提案にも敏感に反応します。半年間くらい現場で方向性を指示すると正確な再現性がしっかり安定します。

このように「登場人物のビジュアルに関連する全てのクリエイティブを統括する」のが人物デザイン監修の役割です。


――大河ドラマの人物デザイン監修のだいは、どのようなところですか。
大河ドラマに登場する人物は歴史に名を残す「偉人」です。そこには記録があり、その時代すべてが歴史です。それを知的に補完するのが時代考証であり、その型に倣うから作品が「本格」になります。

型を理解した上でそれをいかに拡張できるか。また表現として飛躍させられるか。いわゆる型を破り「破格」に至れるか。国民的ドラマだからこそ守るべきものを守り、攻めるべきものを攻める。そんな攻防が大河ドラマに参加させていただく醍醐味です。


――「どうする家康」の脚本を読まれて、最初にイメージされたのはどのようなものでしたか。
「清々しい家康の姿」を思い浮かべました。もちろん主演を務められる松本潤さんのイメージと重なって脳内に映像が出ていました。古沢良太さんの脚本はテンポよく、また人の情を過不足なく描かれていますからとても読みやすく、すぐに人物像や風景が思い浮かびます。そこにいる家康は、いつも真っ直ぐでしなやかな人です。
 

――今作は戦国時代が舞台となりますが、その時代性をデザインで表現されるうえで、こだわった点や工夫されたことはありますか。
大人物が群雄割拠する時代です。ご覧になる皆さんに人物一人ひとりを印象深く覚えていただかなければなりません。そのために<地域の特色><そこに根づく家柄><その家に生まれ育つ人物>という段階で色分けと造形を工夫しました。たとえば三河の人々には「むら染め」や「わらの多用」で特徴づけました。



――主人公・徳川家康のデザインの特徴やこだわりを教えてください。
徳川美術館収蔵「薄水色麻地蟹文浴衣」にとてもかれました。あの薄い水色は脚本を読んで自分がイメージした色にぴったりで、これを「家康ブルー」にしたいと思いました。また色だけでなく「浴衣にかにの柄を置く」という意外性が、家康の優しさや茶目っ気、大らかさ、自然を愛する気持ちを代弁している気がしました。

松本さんはカジュアルな装いでも折り目正しさや気品を感じられるので、どのような衣装も着こなしていただけるだろうと思いました。当時の百姓のように粗末であったり、金荼美具足のような絢爛なものであったりしても心配ありません。逆にどのようなものもお似合いになるからこそ、「家康ブルー」はどのくらいの水色が適正なのかを見極めました。それが清須城で織田信長拝謁の際に用意したおうの染め色でした。

「薄水色麻地蟹文浴衣」を参考に柘植氏が描いた家康の人物デザイン画。


――家康の成長過程を人物デザインではどのように表現されたいとお考えですか。家康像の多くには「幼い頃から人質に取られ辛苦に耐えた苦労人」のイメージがあります。本作では、そのような過去が「苦労というよりも良い経験であった」という立ち位置で今川義元や織田信長との関係が語られています。

特に駿府での人質時代は「海道一の弓取り、今川義元から薫陶くんとうを受けた良き時代」として家康に大きな影響を与えています。そのような流れから「家康ブルー」は「今川義元の象徴色=紺色」の延長線で表れてきた色という意味づけにしています。

今後、家康が成長し権力を得ていく過程でもこの水色は重要な役割を果たします。またそのような中で、「今川との関わり(駿府との関わり)」として徐々に「白」「紺」「黒」が頻出するようになります。

駿府や三河、岡崎などで過ごしたそれぞれの日々。天下人になってなお残る思い出。そのような人情を人物デザインで描くことができればと思っています。
 


――今川家、武田家、織田家、豊臣家それぞれのデザインの特徴やポイントを教えてください。 

●今川家(義元・氏真)

今川氏は、駿府・遠江を治める名門で武田信玄とも縁故にあたります。なかでも義元が当主となる戦国時代はその最盛期です。京文化に精通することから、これまで公家趣味に描かれることも多い人物でした。今回は、臨済寺を菩提寺として禅の思想に重きを置く知識人の側面を全面に出し、「紺」を象徴色に用いて装飾性を省いたデザインにしています。

息子・氏真は、家康同様に義元の影響にありますので「鮮やかな青」で義元と同じ型の衣装をまとわせました。その今川親子の関係に「家康ブルー」の家康が混じり込むことで、彼の優しい人柄や人質としての弱い立場を表しています。
 

●武田信玄

武田信玄は戦国最強の武将です。信玄亡き後、長篠の戦いで息子・勝頼が惨敗するまで、武田氏そのものが戦国武将から最も恐れられる軍団でした。最強軍団に育て上げたカリスマ信玄は、恵林寺を菩提寺として今川氏同様臨済宗を信仰しています。

その宗派の源流の姿に倣い、荒い麻で法衣を作り、襟や袖、裾周りに「武田の赤備え」を思い起こさせる「赤」を配しています。坊主頭は特殊メイクアーティストの江川悦子さんにお願いしてリアルに表現しました。また大量の髭を生やしてあらゆる武将が恐れる「山岳に潜む怪物」に仕立てています。
 

●織田信長

桶狭間で今川義元の首をり、長篠で武田勝頼を破った信長は極めて合理的な頭脳と冷徹な感情を持つ武将です。その興味は絶えず新しい情報へ向かい、それを取り込んで自己表現することが天下布武への近道だと考えています。そのような信長は、一見奇妙な南蛮の装束に対して偏見を抱くことはありません。

硬い心の殻のような「黒」を表にしながら、ふつふつとたぎる欲望の「金」をうちに秘めています。しかし、その洗練度はあくまでも高く「恐ろしいけれども美しい存在」です。
 

●豊臣秀吉(木下藤吉郎)

家康に先んじて天下を治める秀吉。誰もが知るこの貧しい農民出の人物は、ただ卑しい成り上がり者であるはずはありません。幼い頃から辛酸しんさんを舐めるかわりに人の思いの懐に入り込む術を身につけて、誰よりも人の心の醜さや計算高さ、脆さや強さを知るからこそ「人たらし」になり得たはずです。

そのような複雑な人間性を「細かく切り貼りされた丈の短い袖なし」や「使い古された片身合わせの着物」、「左右丈の違うドンゴロス(麻袋)生地の短い袴」によって表現しています。髪はご本人の地毛の癖を活かして、野放図で手入れされていないさまに印象づけています。
 


――家康を支えていく徳川家臣団のデザインの特徴やポイントを教えてください。

●石川数正

家康の懐刀である石川数正は、幼い家康が駿府で義元のもとに人質生活を送っている頃より近侍として仕えていた人物です。その性格は、質実で家康の教育係のような風情です。微動だにしない雰囲気を作るために「黒」を主体にむら染めにしています。


●酒井忠次

温厚で実直な酒井忠次は、のちに徳川四天王の一人とうたわれる人物です。政や戦の数々で家康を支える忠次ですが、その雰囲気はさながら百姓のような素朴さを持っています。草木の「緑の変化」をイメージしたむら染めによって、自然体の人物を表現しています。


●本多忠勝

徳川最強の武将が本多忠勝です。敵将から「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」と詠まれるほどに武勲を立てて、生涯かすり傷ひとつ負ったことがないとの伝説まであります。彼の特異な存在感を表現するために「着物の袖を落として、ゾロリと長い袖なし風の衣装」を二枚重ねに平服として、戦場でも具足の上に陣羽織がわりに羽織らせ唯一無二な雰囲気を生んでいます。
 

●榊原康政

忠勝と親しい間柄であったと伝わる榊原康政も長く家康に仕えた四天王の一人です。大樹寺の登譽上人から学ぶなかで家康から見出だされたという設定で本作は進みます。武家の家柄ですが、日々に膿んでいたなかで三河家臣に希望を見つけます。そのような市井から立身出世していく風情を「茶色」のむら染めの衣装で表しています。また、有名な「ちぎれ具足」や「鉢巻」の意匠、鎧の胴に書かれる「無」の文字なども登場します。
 


――瀬名、お市、於大の方という女性3人のデザインの特徴とポイントを教えてください。

●瀬名(築山殿)

ドラマで極めて大切な役割を担う家康の正室瀬名(築山殿)。史実では、長男・信康とともに激しい運命に翻弄されます。本作では、家康が深く愛した心優しく強い女性として描かれており史実も加味しながら二人の愛情物語に仕上がっています。

今川筋の名門・関口家の娘として過ごす期間は、正絹に「桃色の単色」の衣装。岡崎に嫁いでからは、三河の文脈に則って麻地に「桃・橙」のむら染めで過ごします。本人の宿命のように「陽光のうつろい」をテーマに作りました。
 

●お市

信長の妹・お市は家康に心惹かれますが、やがてあざ長政に嫁ぎます。生涯のイメージカラーを「紫」に設定。信長の元にいる頃は、紫単色の正絹に花柄の小袖を「片身合わせ」にして織田家の文脈である強いコントラストに仕上げています。

男勝りの気性を表すために男物の袴を履いて侍女を従えます。嫁いでからは打ち掛けを着て当時の女性らしい風情に変貌します。
 

●於大の方

運命に逆らえず竹千代(家康の幼少時)を手放す母・於大の方ですが、再び家康の庇護のもとに暮らすことになります。彼女の生涯を見ると、戦国の世で短命な人物が多いなかで長く家康とともにあります。

そのような数奇な半生を表すように、明るい白地に「黒・灰・黄・桃・茶」などのさまざまな色合いを不定形にむら染めしました。決して暗い印象ではないけれども、「一筋縄ではいかない複雑な人間性」を表現しようと思いました。
 


――今回、出演者からのアイデアをデザインに反映されたものはありますか。
豊臣秀吉の装飾をあれこれと試していた際、手首に布を巻いていくとムロツヨシさんが「あ、これいいですね、秀吉は汗っかきでいつもこれで拭いてるみたいな演技に使えて助かります。手首曲げて拭くとまるで猿みたいですものね」と活用してくださいました。

大久保忠世の衣装合わせをしながら首元に襟巻きを試しましたら、小手伸也さんが「あ、これ、いつもたなびいている感じいいですね、色男っぽくて。汗も拭けるし」とおっしゃって、それ以来手ぬぐいのような襟巻きがトレードマークになりました。
            トレードマークの襟巻きが、忠世の色男ぶりを演出。

本多正信演じる松山ケンイチさんが「鶏を飼っている正信は、ほっかむりをしたらどうでしょうか」とおっしゃって。こちらも「それはいいですね」と賛成して、手拭いを常備しているキャラクターになりました。こうして見ますと、汗を拭いたり、手元に何か動かせるものというのは役柄を表現する一助になるのだなと再認識しました。
ほっかむりをした正信(左)。


――人物デザインという視点で「どうする家康」を楽しむためのポイントを教えてください。
役柄の背負う背景や性格によって衣装の色彩や素材、仕立てなどが異なりますから、事細かくご覧になると発見があると思います。また、人生を表現するのが大河ドラマの醍醐味ですので、親から子へ世代をまたいで継承されていく記号などもあります。

そのような部分にも目を向けてご覧いただきますと「歴史をともに歩んでいる」という実感を抱いていただけるのではないでしょうか。ぜひ皆さんに、さまざまな視点でお楽しみいただければと思います。

柘植伊佐夫(つげ・いさお)
1960年生まれ。人物デザイナー。映画「おくりびと」など多くのビューティディレクションを担当。2008年より、衣装・ヘアメイク・持ち道具など扮装全体を表現する「人物デザイン」を始める。映画は「十三人の刺客」「シン・ゴジラ」「翔んで埼玉」など多数。 NHK作品は、大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、「精霊の守り人」「ストレンジャー~上海の芥川龍之介」「岸辺露伴は動かない」など。「人物デザインの開拓」により、第30回毎日ファッション大賞/鯨岡阿美子賞を受賞。