映画『レジェンド&バタフライ』の信長は居心地がいい?

大河見た蔵(以下、見た蔵)センパイ~、第5回の大河、見ましたよ!
今回もびっくりなことが……!
同門センパイ(以下、同門):おいおい、何にびっくりしたんだい?
今回はその前に、2人で観に行った、映画『レジェンド&バタフライ』について話をしようか。織田信長(木村拓哉)とその妻・濃姫(綾瀬はるか)が、ともに葛藤しながらも天下を目指していく物語。脚本は、「どうする家康」と同じ古沢良太。

見た蔵:脚本家・古沢良太が「信長」をどう描き分けるのか、気になっていたんですけど、ホント面白かったです! 
同 門:壮大なスケールで、実に見ごたえがあったね。残念なのは、君と男2人で観に行ったことくらいか(笑)。
見た蔵:え、だったら奥さんと行けばよかったじゃないですか。確か、奥さんは木村拓哉の大ファンでしたよね?
同 門:公開初日に、女子会と称して観に行っていたよ……。

見た蔵:………。あの、それで、ご感想はなんと?
同 門:「キムタク最高~!」。そればっかりだよ……。
見た蔵:センパイ……(誰も比較なんてしてませんって)。
同 門:平日だったこともあり、映画館は年配のご夫婦も多かったね。木村拓哉ファンの女性ばかりで、男2人では居心地が悪いのではと心配してたけど。
見た蔵:もし変な目で見られたら、「ボクらは綾瀬はるかファンなんですぅ」って言おうと思ってました。

同 門:おい……。しかし、古沢氏は見事に信長を描き分けていたね。
見た蔵:はい、「どうする家康」とは全然違う信長でした。
同 門:この映画の信長像は、どちらかというとこれまで映画やドラマで見慣れたスタンダードな印象だったね。いわば居心地のいい信長。むしろ「どうする家康」の信長像のほうが変化球というか。

見た蔵:「どうする家康」では描かれなかった、「うつけ者」な信長もバッチリ出てましたね。
同 門:ちなみに監督は、NHK出身の大友啓史。大河ドラマ「龍馬伝」や独立後に手がけた『るろうに剣心』シリーズが有名だね。今回の作品では、「信長と濃姫の夫婦像を描く」という触れ込みのとおり、2人の関係性に緻密にスポットが当たっていた。

見た蔵:2人のシーンではサプライズがいくつも用意されていて、そこがメッチャ斬新で面白かったです!
同 門:同じ脚本家だから、「どうする家康」と『レジェンド&バタフライ』でモチーフは共有されているように思う。映画では、主人公・信長に迷うシーンがあった。まるで「どうする“信長”」で、それを濃姫が強い意志でサポートするかのよう。

見た蔵:「迷う主人公」と「自分の意志で生き抜く女性」ということですか? 今回の大河ドラマと同じ構図ですね。

同 門:そう、「ラビットサイド」と「タイガーサイド」とも見える――。
ともかく、木村拓哉と綾瀬はるかの熱演は見ものだね。家康はほんの少ししか出てこないけど……。まあ、映画の話はこれくらいにしておこうか。
見た蔵:はい、木村拓哉がホント、かっこいいのでお勧めです。
同 門:………。


「どうする家康」の信長像の“揺らぎ”ってなんだ?

見た蔵:ところでセンパイ、「どうする家康」には濃姫は出てきませんね?
同 門:濃姫は美濃の斎藤家と尾張の織田家の同盟の証として信長に嫁いできた。政略結婚だったんだけど、父の道三から「機会があれば信長暗殺せよ」との命を受けてきた、「うつけ者」といわれていた信長の非凡さを初対面で見抜いた、武芸に優れて男勝り、そんな人物としてこれまでは描かれてきたんだ。

見た蔵:元祖「自分の意志で戦国を生き抜く自立した女性」ってことですか?
同 門:そう、ステレオタイプの「悲劇の戦国女性」とは正反対キャラの象徴。
ここまでの「どうする家康」では、家康(松本潤)周辺の女性をいわば「濃姫」タイプとして描いてきた。ここに濃姫が従来のキャラで登場すると、瀬名(有村架純)も於大(松嶋菜々子)もお市(北川景子)も「食われちゃう」かもしれない。だから、濃姫はあえて出さないのでは。

見た蔵:なるほど。女性キャラを大胆に書き換えてきたけど、さすがに濃姫の人物像をひっくり返して「運命に翻弄される悲劇のヒロイン」にはできないというセンパイの見立てですね。今ちょっと思い出したのが、「鎌倉殿の13人」にも登場した「意志を持った強い女性」で、ええっと、あの……。
同 門:木曾義仲の愛妾で武芸に秀でた巴御前、だね。秋元才加がハマり役だった。『平家物語』の昔から、「意志を持った強い女性」キャラはあった、というか求められていたんだろう。こういうキャラが出てくると、アクセントになってストーリーが「締まる」ということか。まあ、いつの時代にも弱い男はいるし、強い女もいる。

見た蔵:ところで前回、「どうする家康」の信長像に“揺らぎ”を感じたという話をしていましたね?
同 門:ドラマの中で信長(岡田准一)が何を目指しているのか、よく分からなくなってしまってね。それで『レジェンド&バタフライ』を見て、「信長」についてあらためて考えてみようと思ったんだ。前回、妹・お市への情にほだされたのか、武将にあるまじきセリフもあったので。

見た蔵:『初めて男に振られた気持ちはどうだ? 望むなら家康を殺してやるぞ』っていう?
同 門:ただ、そんなことしたら織田は今川との直接対決になる。案の定、お市に諫められて、信長は黙ってしまったね。
見た蔵:「マズいだろ、信長~」と思ってボクも見ていました。
同 門:於大やお市のほうが、戦国の将来展望がしっかりしていたよね(笑)。

見た蔵:家康がフラフラしてるのは、まだしょうがないけど。今川氏真(溝端淳平)だって良し悪しはともかく、何をしたいのかはわかりますよ。
同 門以前、このドラマの信長のキャラは、家康の「タイガーサイド」に火をつける「触媒」と言ったよね。今回もお市と無理やり結婚させようとすることで、家康の「タイガーサイド」を引き出した、とも見える。

見た蔵:変身した家康は、信長が出した刀を、なんと素手でつかんでました。いたたたっ……。これで、家康は今川からの離反を決意したわけですね。ただ、お市との結婚話は、なんかちょっと無理があるように感じたのはボクだけ?
同 門:その唐突な結婚話を自然に見せるために、家康がお市の初恋の人だった、という設定にしたんだろう。そのために、これまで非情な人間として描かれてきた信長に、「妹思いの兄」という新たなキャラをかぶせたわけだ。
そもそも信長は、織田家の主導権を握るために、人望のあった弟の信行を殺してるんだよ。

見た蔵:「麒麟がくる」(2020年)にもそのエピソードがありましたね!
今回は「妹思いの兄」って、さすがに見てる側はちょっと居心地悪いかもですね。

同 門:お市の人生のハイライトはだいぶ後の浅井長政との別離と、柴田勝家との壮絶な最期だ。前回は、若い頃のお市にスポットを当てるために少し無理をしたんだろう。結果、信長像に少し「揺らぎ」が出た、というのが私の見立てだ。
史実では、この先、織田と徳川は長く同盟関係にある。家康は信長に、けっこうひどい扱いを受けるんだけど、その辺がどう描かれるか、楽しみでもあるんだ。


イガニンジャ服部半蔵ってどんな人物?

見た蔵:第5回は、なんといっても伊賀忍者の服部党の登場が楽しみでした! でも、山田孝之演じる半蔵が、忍者ハットリくんと違って⁉  弱くて、びっくり。
同 門:いずれしても、今回もファンタジー全開だったね(笑)。
とはいえ、史実では彼らは伊賀同心と呼ばれて、家康の重要な家臣となる存在。家康と伊賀忍者はゆかりが深かったわけで、そのきっかけを紹介する回だったともいえるね。後に服部半蔵は武功を挙げ、八千石の大名となり、服部一族は江戸時代ずっと続いたんだ。

見た蔵:てっきり、忍者として大活躍した一族だと思ってました……。
同 門:「忍者」については、確実な資料がないので、分からないことばかりなんだよ。資料が残されてるようだったら、つまり忍者の情報がどこかで「見える化」されていたら、忍者として活動はできないからね。

見た蔵:確かに。いわゆる秘密諜報員なわけですし。すべての秘密は墓まで持っていったんですね。
ドラマでは服部半蔵が忍者集団を使って秘密裡に瀬名たちを救出する段取りでした。半蔵が忍びの仲間を集めるやり方が面白かったですね。今だったらフィリピンからスマホ使って要員を集めて指示出しするとか……。
同 門:こらこら! イガニンジャのみなさんが怒っているぞ!

見た蔵:結局、失敗しちゃいましたけど(笑)。
同 門:瀬名サイドの「情報管理」が不適切だったからだね。これは現代でも、国家機密から個人情報にまでわたる、重要な社会的課題でもある。瀬名自身はお田鶴(関水渚)からカマかけられても秘密は守ったんだが。

見た蔵:まさか、瀬名の母・巴(真矢ミキ)から秘密が漏れるとは……。
同 門:しかし、もしあれがうまくいってたら、氏真はホントにキレて三河に総攻撃をしかけるだろう。フィクションとはいえ、結果的によかったんだ。


見た蔵:ドラマで描かれた忍者の面々は、武士でもない、農民でもない。不思議な存在感。その描き方は迫力ありましたね! 何か「闇のエネルギー集結!」みたいなものを感じちゃいました。
同 門:乱世にはそういう、社会体制に収まらない、しかも時代を変革するような大きなエネルギーが働くんだね。斉藤道三だって元は一介の油売りだし、秀吉(ムロツヨシ)だって下層階級の出自。信長だって家康だってもともと小大名だ。体制側からみれば、とても天下を狙えるような生まれじゃない。
ところで、幕末に起こった「ええじゃないか」って知ってる?

見た蔵:知りません、、、スイマセン。
同 門:明治維新直前に起きた、西日本から東海地方で、民衆が大集団で「ええじゃないか ええじゃないか えじゃないか」と歌い踊りながら町々を巡ったという大騒動だ。
大河ドラマでは、「翔ぶが如く」(1990年)や「西郷どん」(2018年)に出てきたと思う。幕末を描いた昔の歴史ドラマでは、定番のようによく出てきたよ。どのドラマでも「ええじゃないか」の熱狂が、幕藩体制の崩壊と重ね合わせるように描かれていた。身分を問わず社会変革のエネルギーが充満していたという視点だね。それもどこから出てきたのかわからない「闇のエネルギー」だ。これは戦国時代も同じで、そのエネルギーの渦の中から梟雄も、忍者も出てきたんだろう。

見た蔵:センパイ、小難しいこと言うの好きだな~。これも誰かの受け売りでは?
同 門:誰かの本だったような……(苦笑)。どーもん、スイマセーン!
さて、次回のサブタイトルは、「続・瀬名奪還作戦」だが⁉
見た蔵:瀬名たちが無事救出されることを祈ってまーす!
(第6回、大胆レビューにつづく)

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第1回:「どうする家康」が「鎌倉殿の13人」から引き継いだものってなんだ!?
第2回:「どうする家康」が“居心地の悪い”ドラマに感じるのはなんで⁉
第3回:家康を諭した於大の方のメッセージが深い!その真意ってなんだ?
第4回:お市の方より今川氏真がおもしろい⁉ってなんだ?