BS1スペシャル「感染症にたおれた日本軍兵士」は、前・後編2時間近くにわたる力作でした。

前編「マラリア知られざる日米の攻防」では、まず日本軍の戦場でのマラリア対策の失敗が扱われます。インドネシアを占領することで、マラリアの治療薬「キニーネ」の原料独占に成功した日本軍は、アジア・太平洋戦争の初期段階において、マラリア対策に成功したかのように見えました。

しかし、次第に戦況は悪化。敗走が続き、制空権も奪われていくなか、へいたんは機能しなくなり、同時にインフラ整備によるボウフラ対策も停止。アメリカが新型特効薬を開発する一方、日本軍では感染症による病死者の数が増えていきます。

せいさんな出来事も相次ぎます。番組では、部隊の衛生兵を殺してキニーネを奪い、仲間で分けたという証言や、キニーネを飲んでも治らない兵士を、(気合いを入れるため)殴り殺してしまった衛生兵がいたという証言が紹介されます。いずれも、必要な感染症対策と物資供給が機能していないがゆえの、現場の“分断”を象徴する出来事です。

さらに後編「破傷風 ワクチン開発の闇」では、感染症研究やワクチン開発のために行われた人体実験が取り上げられます。東京都内の精神病院では、デング熱のウイルスを精神病患者に投与するという実験が行われていました。インドネシアでは、“労務者”と呼ばれた現地の労働者数百人が、人体実験によって命を失っています。

インドネシアでの日本軍の暴挙には、さらに深い闇がありました。インドネシアの研究者に罪を着せ、処刑をすることで、軍関係者が責任を逃れようとしたという疑惑です。

中国人捕虜などに人体実験を行ったとされる731部隊の人脈などがインドネシアの現場に受け継がれており、実験対象者となる捕虜(通称「マルタ」)が現地で確保されていなかったため、労務者で試してみた可能性が指摘されています。えん罪の可能性が高いインドネシア人研究者の遺族らの証言は、未解決となっている戦争責任に対する憤りに満ちたものでした。

この番組は、軍部の無策によって苦しむ日本兵という被害者的側面と、日本軍の残虐な人体実験や冤罪処刑という加害者的側面の両方を、いまもっとも注目される「感染症」というテーマで結びつける、優れた構成となっていました。

こうしたドキュメンタリーを作るには、当事者の証言を集め、膨大な史料に触れ、専門家の話を聞き、過去のアーカイブ映像を収集し、それら全てが視聴者に伝わりやすいよう構成し、映像編集を行う必要があります。調べれば調べるほど、どこをカットするか悩み、同時に「まだ調べ足りない」と葛藤することも多々ある、大変な作業です。

毎年夏に行われてきた戦争報道を、「8月ジャーナリズム」と・批判する人もいます。もちろん、戦争の記憶を「8月」に結びつけることの問題は多くあります。他方、年に一時期でも集中的に発信することで、人々に戦争について考えてもらうことは重要だと思います。丁寧な調査・取材を重ねる制作者に、敬意を表したいと思うのです。

(NHKウイークリーステラ 2021年9月24日号より)

1981年、兵庫県生まれ。評論家、ラジオパーソナリティー。NPO法人・ストップいじめ!ナビ代表、社会調査支援機構チキラボ代表。TBSラジオ〈荻上チキ・Session-22〉(現・〈荻上チキ・Session〉)が、2015年度、2016年度ギャラクシー賞(DJパーソナリティ賞、ラジオ部門大賞)を受賞。近著に、『みらいめがね』(暮しの手帖社)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『すべての新聞は「偏って」いる』(扶桑社)など。