乱世を終わらせた戦国武将・徳川家康の波乱の人生を描く大河ドラマ「どうする家康」。本作の時代考証を務める小和田哲男氏に今回の家康像とその魅力について聞いた――。
――大河ドラマにおける時代考証の役割について、小和田先生はどのように考えていらっしゃいますか。
私が最初に大河ドラマの時代考証を務めたのが1996年放送の「秀吉」。今回の「どうする家康」で8作目となります。これまで携わってきて思うのは、大河ドラマそのものが日本人の歴史意識を形作っている重要な作品だということ。
かつて、大学で教鞭をとっていた頃、学生たちに「何で日本史が好きなの?」と聞くと、「子どもの頃に大河ドラマを見て、歴史って面白いんだなと思い、日本史が好きになりました」と答えた学生が多かったんですよね。それを考えると、時代考証と言いながらも、ゆるがせにできない大事な役目だと感じています。
今回のタイトルが「どうする家康」と聞いたときは、面白い作品になりそうだなと思いました。今までの大河ドラマでも、徳川家康が登場した作品は何作もありましたが、成功者として完成された家康が描かれるケースが多かったと思います。
逆に今回は、紆余曲折を経ながら「どうする? どうする?」と迷い、決断して戦国の覇者となっていく道のりが描かれていくので、これまでの戦国時代劇とはひと味違うドラマになるのではないかと思っています。
――今作で描かれる家康像については、どのような印象をお持ちでしょうか。
私たちは史実を知っていますから、今までの家康は天下を取った人物というイメージで描かれてきました。ただ、そのイメージは時代によっても随分違うんです。
江戸時代は、東照大権現の神として“神君家康公”と崇められていましたから、誰も家康のことを非難せず、家康がやったことは全て正しいという認識を持っていました。その後、幕末維新によって幕府が倒されると、薩摩・長州の歴史観で、幕府を作った家康が見られるようになります。それこそ、多くの方がイメージする“ずる賢いたぬき親父”という家康像が作られたわけですね。
しかし、今回のドラマでは、そういった結果論というのを全て外した生の家康と言いますか。先入観を抜きにした家康像を古沢良太さんが描いてくれていますので、私自身もとても期待しています。
――脚本の古沢さんには、小和田先生はどのようなお話をされたのでしょうか。
歴史というのは単に結果だけではなく、いくつかの局面で重要な選択を強いられていました。ですから、それぞれの局面で家康がどういう選択をしたのかを描くと物語として面白いのではないかとお話させていただきました。
また、ドラマ前半においては、家康と今川家の関係や、家康と今川義元との関係が重要になるということで、少年時代から今川家に人質として送られていた家康が、決して厳しい監視のもとで育てられたわけではなかったこともお伝えしました。
義元も竹千代(家康)のことをだいぶかわいがっており、戦々恐々とした人質生活というより、わりと恵まれた生活を送っていたようです。実際に、義元が立派な金の甲冑を家康にプレゼントしたという逸話も第1回で描かれましたね。
さらに、義元の嫡男・氏真と家康の関係にも注目です。2人の年齢が近いので、ある意味ではライバルとも言えますが、義元から見ると、家康のほうが頭も良く賢いので、ふがいない氏真を支える右腕になってほしいと期待していたのかもしれません。
――織田信長、武田信玄、豊臣秀吉といった戦国の名だたる武将と渡り合っていく家康ですが、今作での見どころはどんなところでしょうか。
最終的には、信長が果たせなかった天下平定を家康が成し遂げることになりますが、そこまでの道のりは決して平たんではなかったということですね。戦国最強と呼ばれた武田信玄には、三方ヶ原の戦いで完敗を喫しますが、家康にとってはその負けがむしろプラスになっていくという描かれ方になると思います。
失敗せずにすんなり行くのではなく、挫折を経験して、それを乗り越えることによって、人間としてひと回りもふた回りも大きくなっていく。その家康の生き方は、現代を生きる私たちにも大事なヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

――家康を支えた女性たちの活躍も、今作では丁寧に描かれています。戦国の女性たちについては、どのような印象をお持ちでしょうか。
戦国史の場合、男を中心に政治が動いていくので、どうしても男の世界という印象が強いのですが、その後ろには彼らを支える女性がいたということも確かです。家康の場合は、正室の瀬名であったり、母・於大の方であったり、家族や女性たちにも支えられていたと思います。
私もよく戦国史を語るときに、男だけでは成り立たず、“銃後の守り”として女性の支えがあったという話をするのですが、今作でも家康に対して、周囲の女性たちが「こうしたらどうですか」と助言する場面が出てきます。そういった場面が随所に描かれることで、ある種の“戦国ホームドラマ”として、女性たちの役割が伝わるといいなと思っています。
――第1回では、家康と瀬名夫婦の仲睦まじい姿が印象的でしたが?
正直、最初に脚本を読んだときは驚きました。家康と瀬名が相思相愛で仲良くなったという描かれ方をしていましたから……。当時の武士階級の結婚は、大体親が決めたもので、本人同士の恋愛結婚はほとんどなかったので、物語の展開を変えたほうがいいのか悩みました。
ですが、決して恋愛結婚がゼロであったわけではないので、これはこれでアリかなとも思いました。古沢さんが描く物語としてもそのほうが面白いなと思いましたし、後に瀬名から築山殿に名前を変え、いわゆる悪女というイメージが強かった彼女がどのような生涯を送るのか――。今までの通説とは違った描かれ方をするかもしれませんので、それも楽しみの1つですね。

――最後に、改めて大河ドラマという作品の魅力を教えてください。
これまで時代劇といえば年配の方が見るドラマという印象が強かったと思います。ですが、今回は主演の松本潤さんをはじめ、有村架純さんなど若い俳優さんもたくさん出演されていますので、ぜひ若い方にも見てほしいです。特に、学校で教わってきた歴史は、政治的な部分が中心であって、普通の人々がどのような生活を送っていたのかというのは見えてきません。
むしろ大河ドラマでは、そういった付随的な部分が描かれていきますので、「どうする家康」をご覧になると、「戦国時代ってこういう時代だったんだ」「歴史ってこういうふうに動いていたんだ」「私たちの先祖がこうやって歴史を作ったんだ」という発見があるはずです。ぜひ、今まで見ていた歴史とは違った目線で、ドラマを楽しんでいただけたらと思います。
小和田哲男(おわだ・てつお)
1944年生まれ、静岡県出身。静岡大学名誉教授。戦国時代史を専門とし、これまで大河ドラマでは、「秀吉」「功名が辻」「天地人」「江~姫たちの戦国」「軍師官兵衛」「おんな城主 直虎」「麒麟がくる」の時代考証を務めた。