大河ドラマ「どうする家康」で石川数正を演じる松重豊。
徳川家臣団の中では“ザ・交渉人”として家康を支えるその役どころと、主演・松本潤との撮影エピソードについて聞いた。
――石川数正については、どのような印象をお持ちでしたか。
僕の中で石川数正は、途中で家康のもとを離れて、秀吉のところへ出奔してしまうという認識が強かったです。
今回は、古沢良太さんが脚本ということで、間違いなく面白いドラマになるなという確信とともに、数正の出奔の謎を古沢さんがどう描いてくれるのか。そこにいちばん興味がありましたので、数正役のオファーを快く受けさせていただきました。
物語前半では、数正はまだ本領発揮するような場面はありませんが、徳川家臣団の年長者として交渉事をまとめる役目を全うしている段階です。家臣団の中で、大森南朋さん演じる酒井忠次と数正の対比であったり、この2人の温度差みたいな部分が所々で描かれたりしている前半なので、数正の出奔の謎はまだまだ先の展開になりますね(笑)。
――演じるうえで、数正をどのような人物と捉えていらっしゃいますか。
数正が秀吉のもとに出奔したのには、完全に家康を裏切ったという説や、家康のために秀吉の対家康戦略を緩和させる狙いがあったという説など、さまざまな説が残されています。
ただ、なんとなく現代的に考えると、単純に面倒くさくなってしまったのではないかと僕は思うんですよね。家臣団の中でも数正は年長の部類にいるので、家康が天下を取るまでこのまま交渉役を務めているよりも、秀吉のもとへ行き、小国を与えられ、家族とともに平穏に暮らすほうがいいなと思ったんじゃないかなと。
当時の数正は50歳半ばですから、今で言えば60歳を超えて老境に差しかかっていたと思うので、天下取りで汲々とするよりも、自然に囲まれておいしいものを食べながら余生を過ごすほうを選んだのではないか、とか……。そんなふうに考えたほうが演じるうえでも面白いし、僕だったらそういう選択をするなと思いながら、数正の人生をたどっているところです。
――家臣として、数正は家康をどのように見ていたと想像されますか。
これまで演じてきて思うのは、数正自身はそこまで家康に対して期待はしていなかったのかなと。三河という地に生まれた家康は、周りを強者ぞろいの大名たちに囲まれ、天下を取れるような器でもない。知略や武力が突出していたわけではなく、失敗や間違いを繰り返しながら、周りに支えられてなんとか切り抜けてきた人物だと思います。
もちろん、そんな家康のそばに仕える数正なので、死ぬときは一緒だと覚悟しながらも、まさか天下を取る人物になるとは思っていなかったでしょうね。今の段階では、数正も家康をすごい方とは思っていませんが、さまざまな経験を経て成長し、徳川家が大きくなっていったときに、数正が何を感じるかが楽しみですね。
――家康役・松本潤さんと共演しての印象はいかがですか。
過去にも何度か共演させていただきましたが、どこか世間のイメージとしては、「嵐」のメンバーでアイドルというのが先に出てしまっていると思うんです。今回は、誰もが知る人物であり、多くの俳優が挑戦してきた徳川家康を演じるので、松本君にしかできない家康を表現するとともに、得体のしれない怪物にならなくてはならない。1年以上かけて、松本君がどういうふうに変化してくのかは、僕自身も非常に興味深いですね。
ただ、主演だからといって、座長としてみんなを引っ張っていくという意識を無理に持たなくていいと思っています。古沢さんが描く物語も、家康が皆を引っ張っていくというよりも、周囲の人々に振り回されながら家康が翻弄されていく話になっているので、「座長らしく」とか「俺の座組だから」と肩ひじ張らずに、周囲の反応を見ながらお芝居をしていってほしいなと思います。
――家康を支える重臣の2人、酒井忠次と数正の関係も見どころですが、注目ポイントを教えてください。
やはり数正を演じるうえでも、最後に家康のもとを離れるという選択がキーポイントになると思っています。一方の忠次は、数正と非常に対称的というか。宴会芸「えびすくい」を得意とするなど、忠次は常に明るい輪の中心にいるような人物です。そんな忠次と数正の温度差があるからこそ、このツートップは面白いんだと思います。
撮影では、南朋さんも生き生きと忠次を演じていますね。えびすくいのシーンも自分でアレンジを加えちゃったりしていますから(笑)。かたや数正は、「えびすくいなんか、みっともない」と、場を盛り上げる忠次を苦々しく見ていたと思いますね。その辺の2人の絶妙な関係に注目していただきたいですね。
――長丁場の撮影で楽しみにされていることはありますか。
前半は青年期のさわやかな家康が描かれていきますが、後半は得体の知れない人々に巻き込まれながらダークサイドに変わっていく家康に期待したいですね。僕はそれが家康の本当の魅力だと思いますし、松本君がどう演じてくれるか楽しみです。
また、本多忠勝役の山田裕貴君や榊原康政役の杉野遥亮君といった徳川家臣団の中でも若い2人が、駆け引きをしながらお芝居する姿も見ていて面白いですよ。さらに、これから登場してくる板垣李光人君演じる井伊直政も楽しみですね。
まさに個性派ぞろいの徳川家臣団ですが、南朋さんがメンバーをうまくまとめてくれています(笑)。演じる役者さんの年齢層も幅広いのですが、みんなを束ねる南朋さんの調整能力は本当にすごいなと感じますね。
僕も過去に大河ドラマの出演経験があるので、撮影現場で「この場面はこうしたほうがいいんじゃない」とアドバイスさせていただくこともあるのですが、南朋さんは僕が言ったことを「松重さんがこう言うんだから、こういうふうに動いたほうがいいね」と周りの共演者にも共有してくれるんです。それを間近で見ていると、チームとしてのバランスは本当にすばらしいなと思います。
――古沢良太さんが書く「どうする家康」の脚本の魅力を教えてください。
群集劇としての人物の動かし方が抜群に上手ですね。それぞれの会話の中でも、人物のキャラクターが立っていて、ちゃんとその人物の魅力を伝えながら、歴史の躍動感を表現している。そこが、古沢さん脚本の最大の魅力だと思います。
まだ第20回くらいまでの台本しか読んでいませんが、今後の展開を含めて毎回台本が届くのが楽しみです。演じる側としても、こんなにも面白い台本を我々俳優陣がどのように肉付けしていくのか、いつもワクワクしています。
そして、ことしの12月に「どうする家康」が最終回を迎えるまで、“松本”家康がどんな怪物になっていくのか、僕も楽しみでしかたがないですね。今は、まだまだ助走の段階ですが、ここから素直に成長していくと思ったら大間違いですよ。ぜひ、家康の変貌とその道のりを楽しんでご覧いただけたらと思います。
松重 豊(まつしげ・ゆたか)
1963年生まれ、福岡県出身。蜷川スタジオでの活躍を経て、舞台や映画、ドラマなどで活躍。NHKでは、大河ドラマ「毛利元就」「北条時宗」「八重の桜」「いだてん~東京オリムピック噺」、連続テレビ小説「ちりとてちん」「カムカムエヴリバディ」などに出演。