朝鮮半島からの留学生として、明律大学で法律を学ぶさいこうしゅく(りゅう)(ちょう)な日本語と丸メガネ姿が印象的です。演じるのは、本人も韓国出身で、故郷を離れて日本で勉強をするなど香淑との共通点も多い、ハ・ヨンスさんです。演じる上で大切にしていることや、物語の魅力などを伺いました。


香淑は空気を読むのが早く、その上で自分なりに深く考えて行動できる人

──2022年に俳優としての活動拠点を韓国から日本へ移されました。出演が決まった時のお気持ちは?

正直、え⁉︎ なんで私が⁉︎ という気持ちでした。オーディションではなく顔合わせということで監督とお話をさせていただいたのですが、韓国語以外で演技をした経験がなかったので、絶対落ちると思っていましたから。

それに、嬉しかったけれど、不安でもありました。特に香淑は、私自身より長く日本語を勉強していた子だから、役を演じるにあたってみなさんに迷惑かけないようにしないと、という気持ちが強かったです。

──母国語ではない言葉でセリフを覚え、さらに演技をするというのは、相当難しいのではないかと思います。

そうなんです! 今回の出演にあたって、猛特訓をしました。実は、今までは独学で、耳で覚えた日本語を使っていたんです。いろいろ質問させていただいて、アドバイスをいただいて、きれいな発音をするための訓練もしました。

でもまだ自信は持てないし、演技的にも不安な要素がたくさんあって。みなさんに助けていただきながら、香淑を表現しています。

──演じるにあたって、香淑をどんな人だと考えていらっしゃるのでしょう?

ちょっとおとなしいけど明るい子で、食いしん坊。空気を読むのが早く、その上で自分なりに深く考えて行動できる人ですね。

たとえば第2週、夫から着物を取り戻すための裁判で判決が出た後、被告人である夫ととも(伊藤沙莉)が揉めそうになった時、警備員さんを呼びに行ったのは香淑なんですよ。

自分の国じゃないし、気を遣わなきゃいけないことも、勝手に声を出しちゃダメな瞬間もたくさんある。そういう時はメガネを押して怒りを抑えるとか、アクションで表しています。台本に描かれていないところも、監督と相談しながらアウトプットしています。

──今週は、香淑が日本に来たのはお兄さんに誘われたことがきっかけだったことがわかりました。日本で勉強し続けていたのは、どのような気持ちからだったと思いますか?

当時は戦争もあり、故郷に住んでいても何もできなかった時代。はじめは兄さんに、「留学したら君も法律を学べる、後でいい仕事できるよ」と言われて、軽い気持ちで行くことにしたんだと思うんです。

でも大学に通い始めて、女子部の面々に会って、特に寅子の前向きな明るさにどんどん感化されて。女性でもこういうことをしていいんだ、できるんだ! と勇気づけられて勉強へのモチベーションが上がりましたし、いろんな不安がある中でも、みんなが頑張っているから自分も頑張れる。

それまでは感情をはっきり出せないタイプだったのが、自分を出せるように少しずつ変化していったんです。

──香淑の変化は、どのシーンに表れているとお考えですか?

ひとつは、第4週で梅子さん(平岩紙)が自分のことを「嫌な女」って言うシーンです。梅子さんは、大学に入学した頃から香淑に優しくしてくれた人。

だからこそ香淑は、すごく自分の気持ちを出して必死に、私は本気であなたが好きっていう心を伝えることができたんです。あのシーンは、香淑が大きく変わるきっかけだと思います。

そしてもうひとつは、第6週で明律大学が女子部の新入生募集を中止するとわかったシーンですね。香淑はある時、高等試験を受けても自分は合格できないと知ってしまいます。外国人であることを含め、いろんなハンディキャップもあって……だけどそのことを周囲には秘密にしていたんですよね。

女子部のみんなを、自分で選んだ家族みたいに大事にしていたからこそ、自分が合格できないなら、せめて彼女たちが試験に合格する姿を見届けてから朝鮮に帰ろうと決めていた。

大好きなみんなをサポートしたいと思っていたからこそ、新入生募集を中止すると知って怒り、先生たちを説得しようとしたんです。未来の女子学生のことも考えていましたし、香淑は人のために頑張れる、本当にいい子なんです。


ドラマをきっかけに、社会が少しでも良い方に変わったら

──香淑が寅子をはじめとする大学の友人たちに感化されて変化したように、ヨンスさんも他の俳優の方々に影響を受けた部分があったのでしょうか?

もちろんです! 第一に、やっぱり日本語での演技ということで、現場にいるだけでも学ぶことがたくさんありました。たとえば、入学式で梅子さんが「イエス」と言うシーン。

このセリフ「イエス!」とか「イエ〜ス!」とか、すごく色々な言い方ができると思うんですが、紙さんは「イエス〜♪」と本当にわいく言ってらっしゃって、「こういう表現もあるんだ!」って、すごく驚きました。

それ以外のみなさんも、それぞれとても魅力的なスタイルをお持ちなので、いつも学ばせていただいています。

最初は、言葉のこともあってみなさんと深く話をする機会が少なかったのですが、最終的にはすごく仲よくなれたと思います。

プライベートでも、涼子役の(桜井)ユキさんが三陰交(冷えやむくみなどに効くとされるツボ)を刺激する靴下を女子部のみんなに配ってくださって、私泣いちゃったんです。「なんでそんなに優しいんですか!」って(笑)。

──みなさん、仲がいいんですね。撮影も和気あいあいとした雰囲気だったのでしょうか?

そうなんです。印象深いのは、梅子さんのおにぎりですね。フードスタイリストの方が手作りしてくださっていて、すごく美味しくて。

みんな持ち帰ろうとしていたんですけど、私は、後で食べると冷めて味が変わるかもしれない……と思って、できるだけ現場でたくさん食べました。香淑の食いしん坊なところは、100%私にマッチしています(笑)。

──今週、香淑は志半ばで祖国に帰ることになってしまいました。女子部の面々がそれぞれの道に進み、離れ離れになってしまうのは寂しいですね。

香淑は、普通に勉強したかっただけなんですよね。仲間と一緒に頑張って社会をより良くしていこうと思っていたのに、思い通りにならなかったのは辛かったと思います。

香淑が国に帰ることになった背景には、戦争があります。どの国のことでも、戦争は本当によくない。過去の歴史は変えられないからこそ、当時から100年経った今、少しずつ学びながら互いのことを理解して、性別も国籍も関係なく、次のステップに行けたらすごくいいなって思います。“We are the World”です。

──100年前という時代設定ではありますが、今に通じる物語ですね。

はい、それは戦争だけではなく、男女差別も同じだと思います。私は、食事のとき小さいテーブルに私と祖母だけが座らされて、大きなテーブルで兄、父、祖父が美味しいもの食べる……そんな環境で育ちました。

“娘だから”という理由で塾に行かなくていいとも言われました。だからドラマを見ていても、当時の女性の境遇には共感することは多いです。でも、こういうストーリーのドラマが作られるというだけで、世の中の変化と希望を感じます。

「虎に翼」の魅力は、当時の差別を描くことで、視聴者の方にも「心当たりがある……」と思わせる力があるところだと思います。ドラマをきっかけに、社会が少しでも良い方に変わるといいですね。香淑も、そういう変化を求めて、仲間たちと進んだんだと思っています。

【プロフィール】
は・よんす
1990年10月10日生まれ、韓国・さん出身。NHKでは「ハングルッ!ナビ」(Eテレ)に出演。NHKドラマは今回が初。主な出演作に、韓国映画『恋愛の温度』『愛の旋律』、韓国ドラマ「モンスター~私だけのラブスター」「伝説の魔女~愛を届けるベーカリー」「リッチマン」など。2022年より日本で活動中。