家族思いで、娘のとも(伊藤沙莉)のことが大好き。そして愛妻家でもあるいのつめなおことは、ちょっと頼りないところもあるけれど、実は帝都銀行に勤めるエリートサラリーマン!

ところが、先週、時の内閣をも巻き込んだ大事件の容疑者として逮捕され、さらにうその“自白”をしたことで、あやうく“いわれなき罪”に問われるところでした。
そんな直言を演じる岡部たかしさんに、事件の渦中に思ったこと、また寅子への思いなどを聞きました。


家族を守るために嘘をつき、家族を守るために証言をひるがえした

――「共亜事件」で贈賄容疑に問われて逮捕され、嘘の自白を上司から強要され、検察によるこくな取り調べも受けました。そして、被告として裁判に立つシーンも……。どんな思いで演じられましたか。

裁判シーンでは、すごい“圧”を感じましたね。証言台って、床より一段高くなっているんですよ。あれはあえてなんでしょうかね、周りの人から見られているというのも、全身で感じられて。実際に立ってみたら、思っていた以上の緊張感がありました。

──「思っていた以上に」というと、このシーンの参考に、何かご覧になったり、調べたりなさったんですか。

このシーンのためではないんですが、実は3〜4年ほど前、友人と裁判の傍聴によく行っていたんです。目的があったわけではなく、何となく興味があって。共亜事件のようにニュースになる事件ではなくて、民事裁判、交通事故、薬物関係、痴漢などでしたけどね。

それでも、なかなかの緊張感があったのを覚えています。やっぱり、被告人とは目を合わせられなかったですね。まさか、役とはいえ自分が証言台に立つことになるとは思っていなかったですけど、演じている時、自分が傍聴席で見た景色や感覚がよみがえりました。

――直言は、上司から「罪を認めれば、早く家に帰れる、そのほうが家族のためだ、また、逮捕されたほかの人たちの罪も軽くなる」と脅されて、嘘の自白をしてしまったわけですが……岡部さんは、そんな直言をどう思われますか。

直言の場合、とにかく家族を守ろうとしていたわけですよね。ああいう状況に置かれたら、自分が我慢して罪をかぶればいい、という気持ちになってしまうのは、わからないではないです。しかも、そのほうが会社のためにもなると言われて……。

でも、結局、悩んで悩んで、最終的には、証言をひっくり返した。それも、寅子が危ない目にあったということを知ったから。結局、家族のためなんですよ、直言は。そして最後はその家族によって救われたわけですが。

そんな彼のことを意志が薄弱だと思う人もいるかもしれないし、ただ優しい人だと受け止める人もいるかもしれない。でも僕は、その両方をひっくるめて、とても人間らしいと思っています。弱いところも含めて、人間らしい人だなと。

──直言の“人間らしさ”を、ほかにどんなところで感じているのでしょうか。

まだ放送が先なので、詳しくは言えないんですけど、直言がいろいろ思っていたことを家族の前で吐露するシーンがあるんですよ。それを台本で読んだときに、ああ、この人はとても正直な人なんだなと思って。人は誰でも一面だけじゃない、それが魅力じゃないですか。だから、直言のこと、僕は好きですね。

――ちなみに、もし、岡部さんが直言のような立場におかれてしまったら、どんな判断をすると思いますか。

うーん……。僕の場合は、直言みたいに優しくはないので、上司をかばったりしないでしょうね。自分だけ助かればいいという思いが、どこかにあるので(笑)。


いい加減なところもあるけど、とても愛情ある父親

――改めて、朝ドラ出演5作目にして、主人公のお父さんという重要な役どころです。撮影現場には、どんな気持ちで臨んでおられますか。

主人公のお父さんなんて、自分がやるとは思っていませんでしたからね……。でも、僕もいい歳なので、あんまり「緊張してます」みたいなところはできるだけ見せずに、カッコつけて堂々とやってるつもりです(笑)。

──家族のシーンが多いですが、猪爪家の面々は、どんな雰囲気ですか。

それが、初共演の人たちが多いのに、そうではないみたいなチームワークがあるんです。誰かがボケたらそれに対するリアクションが自然に出るような雰囲気が最初からあって。

それは、さすが、一流の俳優さんたちだからだと思うんですけど。ここをああしよう、こうしようと細かく話をしているわけではないのに、猪爪家のセットの中に立ったら、ちゃんと家族の空気感になるのは不思議だし、面白いですね。

あと、ほかの人も話しているかもしれませんが、猪爪家では、今、撮影の合間の折り紙が流行っているんです。誰がやり始めたんだろう? 初代・直明役のやっぴー(永瀬矢紘)かな。(石田)ゆり子さんなんて、いつの間にか本まで買ってきて。みんなでもくもくと、折り紙を折っている。まるで本当の家族みたいですよ。

でも、僕はなんかその中に入るタイミングを逸してしまって……。コーヒー飲みながら、カッコつけて見てる、「俺は折り紙なんてしない」というキャラになってしまって、今さら入りづらいんです(笑)。ただ、あったかい空気は感じていますね。すごくいい雰囲気だと思います。

──お父さんとしての直言は、とても優しいですよね。寅子のこともすごく理解して、応援しています。

そうですね。いい加減なところもあるけど、とても愛情のある父親だなと思います。ああいう時代ではあるけれど、やっぱり、子どもには好きなことをやってほしいという気持ちが強いんでしょう。

僕は、自分が親になったら、「そんなんお母さんに聞け、お父さんは知らん!」みたいに子どもを突き放して、実は陰で見守る……というタイプの父親になると思っていたんです。ある種、それが理想に思っていた。

ところが、実際に息子ができてみたら、今、友達みたいな関係なんですよ。だから、そういう意味では、「なんだ、俺、直言のほうだったんだ」と思ってます(笑)。それくらい、お茶目で面白いお父さんのほうがいいですよね。

──夫としては、妻のはるさん(石田ゆり子)に頭が上がらないみたいですが……。

ひとめぼれ、ですから(笑)。でも、直言とはるさんって、とてもいい夫婦ですよね。直言はあんな立派な家に住めるエリート銀行マンなのに、全然、偉ぶるところがないし、女性が自分の意志をもって生きることを、ちゃんと尊重している。

あの2人を見ていたから、息子の直道(上川周作)と花江ちゃん(森田望智)の夫婦関係も、いい感じなんだろうなと思います。あの親だからこそ、あの子どもたちなんだなと。

──そんな直言が応援する寅子が、これからどんどん活躍していくわけですが、岡部さんは本作のテーマについて、どう思われていますか。

今の時代に通じることですけど、あれだけしいたげられていた時代に、女性の権利を得ようとして闘った人たちがいた、男女平等を訴えてきた人たちがいた。

それでも、いまだにすべてがうまくいっているとは言えない──ということを思い知りますし、たとえ時間がかかっても、ちゃんと時代時代で、闘っていくことの大切さも感じていますね。

これは、ドラマの中だけの話ではなく、今僕たちが生きている現実世界とつながっていますから。でも「虎に翼」を見ていたら、そういうことと闘った人たちが脈々といたんだということが伝わってくる。だから、現代を生きている人に、勇気が与えられる作品になっていると思います。

でも、現状を見ると、本当に、時間がかかるんだなあとも思ってしまいます。ただ、あの時代にも直言や穂高先生のような男性だっていたわけですし……。絶対数としては、今はもっとずっとそういう男性が多いと思いますけどね。

【プロフィール】
おかべ・たかし
1972年6月22日生まれ、和歌山県出身。NHKでは大河ドラマ「龍馬伝」「八重の桜」「真田丸」「西郷どん」「青天を衝(つ)け」、連続テレビ小説「ひよっこ」「なつぞら」「エール」「ブギウギ」、土曜ドラマ「17才の帝国」、夜ドラ「あなたのブツが、ここに」など。近作にドラマ「エルピス」「ハヤブサ消防団」、映画『異動辞令は音楽隊!』ほか。